昨日、『この世界の片隅に』の最終回を観た。
大学時代暮らした街に近い呉だから、昔から馴染み深い広島だから、妙に力が入る時があって続けて観ることはなかった。
始まる直前まで母と電話をしていて、突然母が「この世界の終わりが始まるけ、観るけ」とかなんとか言いながら電話を切ろうとするので「この世界の片隅に、ね」と訂正だけして電話を切って私も観ることにした。
内容に関する感想はなかなかまとまらないから、今はまだ書けない。
あの呉の街、瓦礫と化した広島の街、逞しく生きた人達がいた事、語り継いでいかないとな、なんて生意気にも思うだけだ。
あの日、多分あの日、私の父方の祖母は遠くの空にキノコ雲を見たと話してくれた事があった。広島から約100㎞、そんな場所でもあの日の雲は見えたらしい。
そんな祖母に『この世界の片隅に』を観てほしい、一緒に観たいなと思った。
昔から耳が遠くて、ドラマはあまり観ている印象はないし、今はもう脳出血からの認知症気味で観せられる状態ではない。
父方の祖父には『硫黄島からの手紙』を観せた事がある。
その時の私が何を期待していたのか忘れてしまったけれど、祖父のリアクションは私の期待通りではなかった。
どう思っただろう…祖父は満州からのソ連に行ったから硫黄島じゃダメだったかな…なんて思ったの覚えてる。
今思えば、孫にフィクションの戦争映画観せられて、複雑だったろうなと思う。監督は同世代のアメリカ人だし、祖父の目で見た戦場とは違って当然だ。
その時、いつも多くを語らない祖父は一言二言話して部屋に戻った。
私はあの日のことをいつまでも覚えている。
祖父のリアクション、私の過度な期待、戦争を語る事の重みを知らなかったなという反省…
母方の祖父が私が二十歳の時に亡くなり、父方の祖父は二十四歳の時に亡くなった。
二人にはいつもいつも会いたくて仕方ない。
歳を重ねて、人の死が風化する恐怖よりも、彼等と話したい事が増える一方だ。
ニュースを見て、景色を眺めて、美味しいものを食べて、そのどれも共有したくて感想を聞きたくなる。
まだ存命の祖母二人とも話したいのだが、父方の祖母は先述の通り数分前の事も覚えていられないし、母方の祖母は施設で暮らしているのでなかなかそんな話まで出来ない。
私は気付くのが遅かったのだと、やっと最近思えるようになった。
敬老の日だからと電話する事も難しくなって、やっと。
少し話がそれてしまったけれど、そんな理由で祖母とももう戦争当時の話をするのは難しいかもしれない。『この世界の片隅に』を一緒に観る事も。
つい数ヶ月前に、母のアルバイト経験を初めてきちんと聞いた。
もう30年もすごしてきたのに、初めて聞いた。私は勝手にアルバイト経験がないと思い込んでもいたので、その話を聞いて驚いてしまった。
私はこの歳になってもまだ、母が母でしかない自分の脳内に少し反省している。
母も祖母達も私も、時代は違えどそれぞれ同じ国に生まれた女なのだ。それをいつも忘れてしまう。
時代に左右されたり世間の目に翻弄されたりしながらも、母になる前の生活や夢や希望があって、それは今の私となんら変わらないんだろう。
そんな事を考えた日だった。
昨日、歯が欠けてしまって、自分の寿命と歯の寿命を考えた。
ずっと走り続けてきたアーティストの引退を寂しく思ったりした。
昔から好きな女優の死で、死生観を改めたいと思ったりもした。
私の好きなものは増えたり減ったりすると思っていたけれど、すでにけっこう消えていってると気付いた。
敬老の日、に何かを伝える人がいない寂しさを思って。乱文。
51 名無し象は鼻がウナギだ! :2006/06/12(月) 18:29:25
・人に応じた話し方ができる。
・人を不快にさせず、むしろ好印象を与える(←これかなり重要)
・単なる感情の吐露でもなく、かといって耳に障るほど理詰めでもない
・いいたいことがわかりやすい。
そんな感じ。日本って文章が書けるやつはいても
喋りまでうまいやつってなかなかいない。いたとしても
日ごろ自分が忌み嫌っている話し方を無意識にしていたり、
うぬぼれだったりすることが多い。そりゃそうだぜ、だって日本って
人前で話す訓練を家庭内でも学校内でもしないんだから。
52 名無し象は鼻がウナギだ! :2006/06/13(火) 10:35:14
»51
タモリだな
91 名無し象は鼻がウナギだ! :2007/10/19(金) 03:05:50 0
»51
ほんとタモリだ。あの人は達人だな。絶対タモリだよタモリ
(via edieelee)
愛おしい
My boy
「あ、いい いい。皆の罪俺が全部背負うんで。手伝いとか要らない要らない。その代わりに福音書で俺の事いい感じに書いといて」
(via edieelee)